人の生死というものはよほど無能な、あるいは冷笑的な存在によって、つかさどられているにちがいない

(CNN) 「病院に行くより天国へ」――助かる見込みのない病状に陥った5歳の少女がこのほど、自分の意思で選んだ通り、自宅で死を迎えた。

少女は米ワシントン州のジュリアナ・スノーさん。ジュリアナさんの母で神経学者のミシェル・ムーンさんは14日、娘の闘病をつづってきたブログで「私たちのかわいいジュリアナが、きょう天国へ旅立ちました」と報告した。「私はぼうぜんとして悲しみに暮れています。でも同時に感謝の気持ちにあふれ、世界一幸運な母親だと感じています。神様が私にこの素晴らしい子どもを授けてくださり、6年近く一緒に過ごせたのだから」

ジュリアナさんは先天性の神経難病にかかっていた。CNNは昨年放送した番組で、ミシェルさんと夫の空軍パイロット、スティーブ・スノーさんがジュリアナさん本人と、死の危険が迫った時の選択について話し合ったことを伝えていた。

病院へ行きたいか、それとも治療をやめて天国へ行くか。ジュリアナさんは天国を選び、両親は医師と相談したうえでその意思に従うことにした。

「病院でなく天国へ」というジュリアナさんの選択は、死が迫った子どもにどんな治療を受けさせるべきか、その決断に際して本人の意見を聞くべきか、という議論を巻き起こした。

ニューヨーク医科大学の医療倫理部門を率いるアート・キャプラン氏は、「ジュリアナさんは非凡な女の子だった」「幼い子どもでも難しい病気のことをよく理解し、思慮深い意見を述べることができることを私たちに教えてくれた」と話す。

ジュリアナさんは2歳の時に、シャルコー・マリー・トゥース病と診断された。4歳になる頃には腕と脚が動かなくなった。飲み込む力も弱くなり、チューブで胃に栄養を送るようになった。呼吸筋にも影響が出て、オレゴン州ポートランドのドーレンベッカー子ども病院に入退院を繰り返した。

しかしジュリアナさんには、完璧な思考力があった。

だからこそ両親は、病院の医師から難しい決断を迫られた時、当時わずか4歳だったジュリアナさんの意見を聞くことにしたのだ。

医師らは両親に「今度呼吸困難が起きた時にどうするか、考えておいてください」と告げた。病院へ連れ帰ることを希望するかどうか、ということだ。病院で苦しい処置を受けた後で亡くなる可能性も低くはないという。たとえ一命をとりとめても生きられる時間は短く、おそらく鎮静剤によって考えることも話すこともできない状態になるだろう。どちらを選ぶか、正解など存在しない――医師らはミシェルさんたちにそう話した。

昨年の初め、ミシェルさんはジュリアナさんと会話した内容をブログに書いた。

ミシェル:ジュリアナ、あなたの病気が今度悪化したら、また病院へ行きたい? それとも家にいたい?

ジュリアナ:病院はいや。

ミシェル:家にいたら天国に行くことになるとしても?

ジュリアナ:はい。

ミシェル:ママとパパがすぐには一緒に行けないのは分かるわね。一人で先に行くのよ。

ジュリアナ:心配しないで。私のことは神様が引き受けてくださるから。

ミシェル:もし病院へ行けば、具合が良くなってまた家に帰って、私たちともっと時間を過ごせるかもしれない。あなたがそれを理解していることを確認したいの。病院を選べば、それでママやパパと過ごす時間を延ばせるかもしれないのよ。

ジュリアナ:理解しているわ。

ミシェル:(泣きながら)ごめんなさい、ジュリアナ。ママが泣くのはきらいだよね。ただ、あなたと会えなくなるのはとても寂しくて。

ジュリアナ:大丈夫。神様が引き受けてくださるから。神様は私の心の中にいる。

ジュリアナさんは最後の1年半をホスピスで過ごした。

大好きなプリンセスのドレスを着たり、手の込んだ物語やゲームを作ったり、ボランティア活動に訪れる人たちと工作を楽しんだり、足の爪にペディキュアを塗ってもらったりして過ごした。

ミシェルさんからCNNに届いたメッセージによると、別れはあっけなくやってきた。

「病状が急変して、呼吸を維持させる戦いがまた始まった」「今回は回復してくれなかった。どんどん悪くなるばかりで、24時間余りのうちに逝ってしまった」という。

「ホスピスが全面的にサポートしてくれて、居心地を良くしてあげるのに必要な物は全てそろっていた。ジュリアナは自宅で、自分のプリンセス・ルームで、私の腕に抱かれて息を引き取った。本人にとってそれ以外に望む形があったのでしょうか」

ジュリアナさんの話は何百万人もの人々の心に響いた。CNNの番組に続いて、米誌ピープルもジュリアナさんをシリーズで取り上げた。韓国人のミシェルさんの縁で、韓国放送公社(KBS)が自宅へ取材に訪れ、クリスマスのドキュメンタリー番組で一家を紹介した。

読者や視聴者の多くは一家の決断を支持したが、神経疾患を抱える一部の患者はこれに異を唱え、フェイスブック上で「親愛なるジュリアナ」と題したキャンペーンを展開した。

ミシェルさんはブログに、「悪者以外のみんな」を愛し、「明るい光」だったジュリアナさんを、世界の記憶にとどめてほしいと書いた。

「娘のことをどうか忘れないで。彼女が生きていたこと、実在したこと、大事な存在だったこと」

「ジュリアナはいつも忙しく頭を働かせていた。私たちを果てのない美しい場所へ連れていってくれた。私たちが一番生き生きと、すてきな自分でいられるように力づけてくれました」

そして最後に、医療の介入を受けずに死を迎えるという願いをかなえたのだ。

「ここへたどり着くまでに、ジュリアナは精一杯戦った。この世で生きるにはあまりにも弱々しい体を抱えて、私が今まで見たどんな人よりも立派に戦った。彼女はとても勇敢でした。あれほどまで勇敢にならざるを得なかったことが、私にはつらかった」と、ミシェルさんは書いている。

「彼女はきょう、自由の身となった。私たちのかわいいジュリアナは、ついに自由になったのです」